私には一生の夢があります

やんばるに
登り窯をつくり
沖縄の作品を
世界中に届けたい

徳利とぐい呑みで酒を嗜む。幼い頃、なにげなく眺めていた光景。いつの間にか、父が集めた益子焼、信楽焼、備前焼などの陶器に親しんでおりました。陶芸に実際に触れたのは19歳の頃、様々な造形と電気窯での焼成をスクールで学んだのが始まりです。手捻りでの造形はすぐに上達していったのですが、ある時、課題であった絵付けが絶望的に下手なことに衝撃を受けました。

負けず嫌いな私は、独学で絵を学び始め、あらゆる美術に関する書籍を求めるようになりました。そして、日本文化を体得せずして日本の美術など本当には理解できないことに気付き、京都嵐山へ移住。飲食で生計を立てながら、美大を目指す学生たちに混じって、デッサン・水彩・油絵を学びました。また、嵐山の文化人である名士や書家の方々との出会いにより、禅や詩に親しむ経験をさせて頂きました。

その後、親類の縁で沖縄へ移住、伝統産業に携わる地場企業のWEB構築やクリエイティブ、マーケティングに関わる様々な仕事を通じて、沖縄の伝統文化を学ぶ体験を積むことになりました。そして一度、外から日本を見て自分を省みたいという強い欲求から、ニュージーランドに短期留学。沖縄へ戻った頃、たまたま一度ご自宅へ伺ったことのある、ニュージーランド出身の陶芸家Paul Lorimer(ポール・ロリマー)さんの陶展が開催されていました。そこで気軽に足を運び、なぜか、Paulさんに窯焚きの手伝いを願い出てしまったのです。それが大きな転機となり、穴窯の焼成をはじめ、他の窯元でも窯焚きや窯造りの多様な経験をさせて頂く流れとなりました。

それから10年以上が過ぎ、色々な出来事がありましたが、Paulさんの穴窯焼成だけは他のどんな物事よりも優先してお手伝いさせて頂いてきました。なぜ、そうしたいと思っているのか一言では言い表せませんが、Paulさんの人となりが、そうさせているのだと思います。そういう人となりの方が創る、純朴な器が好きなのです。そういう器を、沖縄の土で、やんばるの地で、創りたいのです。それを日本だけでなくて、世界中の人々に使ってもらいたいのです。沖縄の土で出来た沖縄の人の手による沖縄らしい器が、どこかの国で、ホッと心安らぐ日常の一コマになっていたら、沖縄が好きな人ならなんだか嬉しくないですか?

言葉にならない。言葉にしようとすればするほど、なぜか伝えたいことと離れていってしまう。けれど、たった一つの器や料理で、何もかも、国や文化を超えて、大切なことを素直に受け入れてもらうことができる。それは人間味が、器や料理に加味するから成せることではないでしょうか。やんばるという野生味のある花鳥風月の豊かな地は、人間味を形成する大きな強みを持っていると感じております。

ささやかな目標ですが、まずは2023年に一人でも作品を焼くことができるサイズの単窯からスタートしたいと準備を進めています。次に優れた作品を生み出すための穴窯、そして質と量を実現させるための登り窯へと、器と料理の学びを深めながら、同志を集いながら歩んで参りたいと考えております。

自分が「陶芸家になりたい」ということではありません。自分が陶芸だけをやるために生まれてきたような才能に恵まれた人間ではないと理解しています。食のエキスパート・クリエイティブのプロフェッショナルとして、今、この時代の人々に愛される作品が、どのようなものか、「今どんな器を創るべきか、どう創り上げるか」に専念し、一つのチームとしてグローバルに通用する作品を陶芸家らと共に生み出していく。クリエイティブチームとして、個人個人の強みを活かすことでしか生み出すことができない強力な魅力をもつ作品を、広く実生活の中で使っていただく。そのためには、質も量も必要となります。個人として求められる技量を得ることに努めるだけでなく、多様な才能を育む場所や環境を、自分の責任のもとに作る。それを成し遂げることが私の夢の姿です。

薪で作品を焼くということは、電気や灯油で焼く陶芸の世界とは、全く異なる世界です。本質的に、一人で出来ることではありません。どうしても専門性の高い仲間が必要です。応援して下さる方々も大切な支えとなります。とりわけ、地域の人々の理解と協力がなければ成り立ちません。作品を焼き上げるためには、自然の木材を加工した後の廃材が必要です。木を育むには何十年もの時間が必要です。時間そのものをお金で代替えすることはできません。ですから、木を育む環境づくりや林業に従事する人々を陰ながらでも支援することが町として必要になります。

作品を彩る釉薬には、木灰や草灰など、自然の灰を溶媒として用いられます。灰が多様であれば、豊かな表情、多彩な作品を生み出すことができます。そのため、個人で灰をつくるだけでなく、様々な伝統的な職業の業務で生じる灰を分けて頂き、作品に反映させることが望ましくなります。たとえば、染織家が作品をつくるために、気の遠くなるような手間と時間をかけて糸を染め上げるための作業で生じた「灰」、その灰でしか生まれない色や表情があるのです。

むかしは、このような灰を、おばあさんやおじいさんが時間をかけてすってくださいました。年配の方の役割も、一連の流れに組み込まれていたのですね。そのようにして出来上がる素朴で複雑な素材と、科学的に出来上がる垢抜けた単調な素材との持ち味の違いは、誰にでも、ひと目で理解できる結果となります。

昔ながらの陶藝と呼べるものは、自身の血肉と生命を懸けてやるものであったと思えてなりません。足裏を血だらけにしながら窯用の土を踏み育てたり、長期に渡る窯焚きで人手が足りない時などは、これで死ぬかもしれないと覚悟しながらやるものです。こんなことは現代にありえないと思われがちですが、とある窯での私の実体験ですから、良作が生まれた時代には、更に過酷なものであったに違いありません。焼き物は、焼きがすべてを決すものですから、気軽に焼かれたものは気軽なモノにしかなりえないのは当然のこと。生命を懸けるのは行き過ぎにしても、真剣でなくては上質な人間味が作品に表れることはないでしょう。

そうして正当に生み出された作品を、正当な価値を伝えつつ、フェアに、広範囲に届けたい。時代の潮流として個人作家や中小企業メーカーはプラットフォーム等での直販に移りつつありますが、より良い業界の発展のためには、作り手の想いや物語、地域文化を伝える良き伝え手を増やす」ことこそ肝要です。そのためには作品の卸売、あるいは利益や便益のシェアが欠かせません。一時のフェイクに左右されない、理解のあるパートナーの伝達力と販売力なくして、グローバルマーケットで長期的に選ばれ続けることは難しいでしょう。

利益を最大化しようと思えば、安価で且つそれなりものを海外でつくり、海外で販売することが日本における資本主義として正しいことと思います。それはそれで当然結構なことですが、頭で考えた正しいことが正当な結果を生じることとは違うように思えます。頭で想像する概念と自分で実際に実体感することとは違うのではないか、人間は、そんなことをしていて幸せになれるようなものではないのではないか。そういう疑問と向き合い、仕事に良い形で反映させていきたい。

個の発信や伝達速度の著しい発展など、時代は日々変化していますが、変わらないこともあります。私達は消費するために生きているのではありませんし、消費されるために何かを生み出すわけではありません。まして、一時のフェイクまみれの流行の繰り返しの中、まるで自分を偽り続けるような嘘くさい人生を送るために生まれてきたのではありません。自分のできる「ささやかなこと」が誰かの笑顔に繋がると思えるから、発信し、伝えようとするのではないでしょうか。
それが、自分を含めた一人ひとりの幸福に繋がる。日々、仕事をやるという意義も同じようなものだと思います。

ひとつひとつの仕事が繋がっていて、協力すればするほど素晴らしい作品ができるようになり、自然を維持し育むこと、サスティナブルな社会の構築にも繋がります。私達がすべきことはシンプルです。自分の仕事に最善を尽くし、業種を超えて互いに協力し合うということです。

自由に作品を創るためには、自由にやるための糧も必要です。
自由を得るためには、仕事が必要です。
だから、私は仕事に全力を尽くすのです。仕事は、生き甲斐なのですから。

興味をお持ちの方、
まず一度ShabuMasaで
お会いしましょう。